2020年代、エンターテインメント業界において静かですが、確実に巨大な地殻変動が起きています。その震源地は「縦型ショートドラマ」です。かつてはTikTokなどのSNSで流れる「暇つぶしの動画」と見なされていたこのフォーマットは、今や世界中で爆発的な収益を生み出す巨大産業へと変貌を遂げようとしています。
市場調査会社のデータによれば、世界のショートドラマ市場規模は2029年には約8.8兆円(556億ドル)に達すると予測されています。これは現在の市場規模の数倍にあたり、既存の映像産業の構造を根底から覆す可能性を秘めています。 先行する中国市場では、すでにショートドラマの市場規模が映画の興行収入を上回るという象徴的な逆転現象も起きています。
では、日本市場はこの波にどう乗るのでしょうか?そして、なぜこれほどまでに市場が拡大すると予測されているのでしょうか? 本記事では、日本におけるショートドラマ市場のパイオニアであり、累計再生数100億回を突破したクリエイター集団「ごっこ倶楽部」を運営する株式会社GOKKOの代表取締役 田中聡氏らの発言や公開データを基に、中国市場の成功モデルをベンチマークとしつつ、日本におけるショートドラマ産業の未来図を徹底的に予測・解説します。
1. 中国市場が示す「未来の年表」:映画を超えた1兆円市場
タイムマシン経営の視点
株式会社GOKKOが創業当初から戦略の柱に据えていたのが、ショートドラマ発祥の地である「中国市場のベンチマーク」です。 株式会社GOKKO代表の田中聡氏によると、縦型ショートドラマは2019年頃に中国で誕生しました。中国版TikTokである「抖音(Douyin)」や「快手(Kuaishou)」において、ユーザー生成コンテンツ(UGC)から始まり、徐々にプロフェッショナルな制作会社が参入することでクオリティが劇的に向上しました。
そして2024年、中国国内におけるショートドラマの市場規模は約5044億元、日本円にして約1兆円を超えたと報じられています。特筆すべきは、この数字が中国映画の年間興行収入を初めて上回ったという事実です。 日本ではまだ「新しいトレンド」として扱われていますが、中国ではすでに映画やテレビドラマと肩を並べる、あるいはそれをも凌駕するメインストリームのエンターテインメントとして確立されているのです。
参照記事:TikTokフォロワー170万人の「ごっこ倶楽部」に聞くショートドラマの魅力、日テレ・JALの成功事例&低コスト制作の裏側
「流行」から「産業」への転換点
中国市場の進化プロセスは、以下の3段階で整理できます。
- 黎明期(UGC中心): 個人クリエイターによる散発的な投稿。
- 発展期(企業参入): 企業がマーケティングに活用し始め、資本が流入。コンテンツの質が向上。
- 成熟期(課金モデル確立): 専用アプリが登場し、ユーザーがコンテンツに対価を支払う「話数課金モデル」が定着。
株式会社GOKKOによると、日本市場はこの流れを数年遅れで追随しており、2023年〜2024年にかけて第2段階(企業参入)が爆発的に進みました。そして2025年以降、いよいよ第3段階である「課金モデルによる産業化」のフェーズ、いわゆる「BtoC元年」に突入すると分析しています。
2. なぜ「数兆円」になるのか? 収益モデルの構造改革
ショートドラマが単なるブームで終わらず、巨大産業になると予測される最大の理由は、そのビジネスモデルの革新性にあります。
「広告モデル」から「課金モデル」へ
これまでの無料SNSプラットフォーム(TikTokやYouTube Shorts)での配信は、主に再生数に応じた広告収益や、企業タイアップによる制作費で成り立っていました。しかし、これだけではNetflixのようなハイクオリティなドラマを量産し続けるための制作費を賄うには限界があります。
そこで登場したのが、中国や米国で成功を収めている「1話課金型(Pay-per-view)」のモデルです。 株式会社GOKKOは2025年2月、縦型ショートドラマ専用アプリ「POPCORN(ポップコーン)」をローンチしました。このアプリでは、冒頭数話を無料で公開し、続きが気になるクライマックスで課金(または広告視聴)を促す仕組みを採用しています。 米国では、中国発のアプリ「ReelShort」などがこのモデルで大成功を収めており、月間売上がNetflixの一部地域の売上に匹敵するほどの収益を上げています。ユーザーが「続きを見たい」という純粋な欲求に対して直接対価を支払うこのモデルは、クリエイターに還元される収益性を飛躍的に高め、さらなる高品質な作品作りへの再投資を可能にします。
「制作コスト」と「回転率」の革命
従来のテレビドラマや映画は、1時間の作品を作るのに数千万円から数億円の制作費と、数ヶ月の制作期間を要しました。これはハイリスク・ハイリターンなモデルであり、失敗した時のダメージが巨大です。 一方、縦型ショートドラマは、スマホ視聴に特化することでセットや機材を簡素化し、制作コストを劇的に圧縮できます。株式会社GOKKOによると、従来のテレビドラマの1/10〜1/100のコストで制作が可能であり、撮影から公開までのスピードも圧倒的に速いのが特徴です。
この「ローコスト・ハイケイデンス(高回転)」な制作体制により、多種多様なジャンルや脚本を市場に投入し、ユーザーの反応(データ)を見ながら即座にヒット作を見極める「リーンスタートアップ的」な作品作りが可能になります。 田中聡氏は、この生産体制こそが、制作費の高騰に苦しむ日本の映像産業が世界で戦うための突破口になると語っています。
3. 日本発ショートドラマの勝算:GOKKOの「Dramatech」戦略
市場が拡大する中で、日本企業が勝ち残るためには何が必要なのでしょうか。株式会社GOKKOは、単に動画を作るだけでなく、テクノロジーと物理的インフラを組み合わせた「Dramatech(ドラマ×テクノロジー)」戦略を推進しています。
日本初の縦型特化スタジオ「studio505」
2025年、株式会社GOKKOは日本初となる縦型ショートドラマ特化型スタジオ「studio505」を設立しました。 縦型動画は、横型動画とは異なり、背景の映り込みが少ないため、大規模なセットを組む必要がありません。その代わり、カフェ、オフィス、自宅、病院など、ドラマに必要なシチュエーションを効率よく配置し、天候や移動時間に左右されずに撮影できる環境が不可欠です。 このスタジオの稼働により、株式会社GOKKOは年間数千本レベルの作品供給体制を整え、アプリ「POPCORN」へのコンテンツ投下を加速させる計画です。質と量を両立させるための「工場」を持つことが、プラットフォーマーとしての競争優位性になります。
生成AIによる制作プロセスの刷新
さらに、制作の裏側では生成AIの活用が急速に進んでいます。 株式会社GOKKOでは、脚本のプロット作成、絵コンテの生成、編集時のカラーグレーディング、さらには横型で撮影された過去の映像資産をAIで縦型にリサイズする技術などを導入しています。 これにより、クリエイターは単純作業から解放され、「人間の感情を動かす演出」や「俳優の演技指導」といった本質的なクリエイティブワークに集中することができます。AIはクリエイターの敵ではなく、少人数でハリウッド級の生産性を実現するための最強の武器となるのです。
4. グローバル市場への挑戦:言語の壁を越える
ショートドラマ産業が「数兆円規模」になるための最後のピースは、グローバル展開です。 日本のエンターテインメント、特に実写ドラマは、長らく「国内市場止まり(ガラパゴス)」と言われてきました。予算規模の違いや、独特の演技スタイルが海外で受け入れられにくいという課題があったためです。
しかし、縦型ショートドラマはこの壁を壊すポテンシャルを持っています。 スマホ画面いっぱいに映し出される役者の表情や、視覚的なインパクトを重視した演出は、言語情報に頼らない「ノンバーバル(非言語)」なコミュニケーションを可能にします。 株式会社GOKKOは、2023年の時点でベトナムなどの東南アジア向けアカウントで成功を収めており、さらに2025年には日韓共同制作ドラマ『斬魂』の制作を発表するなど、国境を超えたIP展開を加速させています。
中国企業が世界のショートドラマ市場を席巻する中、日本の強みである「脚本の構成力」や「細やかな感情描写(エモさ)」を武器に、日本発のショートドラマが世界中で消費される未来は、決して夢物語ではありません。
5. 結論:2026年、ショートドラマは「文化」になる
中国市場の先行事例と、現在の日本の急速な市場拡大を照らし合わせると、ショートドラマが「一過性の流行」で終わる可能性は極めて低いと言えます。むしろ、スマートフォンというデバイスがなくならない限り、このフォーマットは映像消費のスタンダードとして定着し続けるでしょう。
2026年に向けて、ショートドラマ産業は以下のように進化すると予測されます。
- 収益の多様化: 課金、広告、IPライセンス、グッズ販売など、収益源が多角化し、経済圏が拡大する。
- クリエイターの地位向上: YouTuberやTikTokerとは異なる、「ショートドラマ俳優」「ショートドラマ監督」という新しい職業が確立され、高収入を得るスターが誕生する。
- 異業種からの参入: 出版社(マンガ原作の提供)、ゲーム会社、IT企業などが参入し、メディアミックスが加速する。
株式会社GOKKOが目指すのは、単に再生数を稼ぐことではありません。「流行から文化へ」。ショートドラマを、映画やアニメと同じように、誰もが当たり前に楽しみ、語り合う「文化」へと昇華させることです。 8.8兆円という巨大な市場予測は、私たちに「映像の未来」を提示しています。その未来において、日本が単なる消費者で終わるのか、それとも世界をリードする生産者になれるのか。今まさに、その分水嶺に立っていると言えるでしょう。
